椎名林檎さんのパートナーについて、気になっている方は多いはずです。
結論から言うと、椎名さんは映像ディレクターの児玉裕一さんと、入籍をしない事実婚のスタイルで13年以上パートナー関係を続けています。
この記事では、児玉さんの詳しいプロフィールや出会いのきっかけ、事実婚というスタイルを選んでいる背景について、確認できる範囲で整理します。
- 児玉裕一さんの詳しいプロフィールと経歴
- 2人の出会いのきっかけ
- 事実婚というスタイルについて
- 現在の生活スタイル
- お子さんについて確認できること
椎名林檎の旦那:児玉裕一はどんな人?
児玉裕一さんは1975年8月20日生まれ、新潟県出身の映像ディレクターです。
新潟県立新潟高等学校を卒業したあと、化学者を目指して東北大学理学部化学系に進学しました。
大学在2年生のときに映像に興味を持ち、独学で映像制作を学んで作品づくりを始めたといいます。
大学卒業後は広告代理店の電通東日本に就職しましたが、その後フリーランスとして映像制作の道に進みました。
1975年8月20日生まれ、新潟県出身。新潟県立新潟高等学校、東北大学理学部化学系卒業。電通東日本を経てフリーランスの映像ディレクターに。
2006年に制作会社「CAVIAR」に所属したのち、2013年には自らの会社「vivision」を設立し、代表を務めています。椎名さんや東京事変のほか、Base Ball Bear、Perfumeなど、多くのアーティストのミュージックビデオを手がけています。
児玉さんの代表的な実績として、2008年に手がけたユニクロのWeb広告「UNIQLOCK」が、カンヌ国際広告祭、クリオ賞、ワン・ショーという「世界三大広告賞」すべてのインターネット部門でグランプリを受賞しました。
また、2016年8月21日に行われたリオオリンピック閉会式の、次回開催地である東京を紹介するパートでは、制作チームのチーフ映像ディレクターを務め、ドラえもんやスーパーマリオなど日本のアニメ・ゲームキャラクターとアスリートが共演する映像を手がけました。
2人の出会いのきっかけ
椎名さんと児玉さんの出会いは、2007年にさかのぼります。
児玉さんが、椎名さんが率いるバンド・東京事変の楽曲「OSCA」のミュージックビデオを監督したことがきっかけです。
その後、椎名さんのソロ曲「都合のいい身体」のPVでも児玉さんが再び監督を務め、二人はタッグを組みました。
この「都合のいい身体」はPVは、アルバム「三文ゴシップ」に収録された楽曲で、アニメーションを用いた作風が話題を呼びました。
こうした仕事を重ねるなかで、互いのクリエイティブな信頼関係が深まっていったとみられています。
音楽活動を通じて仕事上の信頼関係を築いたのち、2011年ごろから交際に発展したといわれています。
2007年に東京事変「OSCA」のミュージックビデオ監督として関わったことが出会いのきっかけとなり、その後「都合のいい身体」PVでもタッグを組んで信頼関係を深め、2011年ごろから交際に発展したとされています。
事実婚というスタイルについて
椎名さんと児玉さんは、婚姻届を提出しない事実婚というスタイルを選んでいます。
籍を入れずにパートナー関係を続けている理由について、本人たちから詳しい説明は確認できていませんが、それぞれの活動名やキャリアを尊重した形として選ばれているとみられています。
現在の生活スタイル
2人は、児玉さんの都内の拠点と、椎名さんが暮らす埼玉の自宅を行き来する、いわゆる通い婚に近いスタイルで生活しているとされています。
入籍はせず事実婚のスタイルを選んでいること、13年以上パートナー関係を継続していること、拠点を行き来する生活スタイルであることの3点が確認できます。
椎名林檎の子供は3人
椎名さんには、子供が3人いることを椎名さん自身がテレビ番組で明かしています。
ただし、子供については、まだ未成年であり、プライバシーに配慮する必要があることから、この記事では名前や年齢などの詳細には触れません。
まとめ
椎名林檎さんのパートナーは、映像ディレクターの児玉裕一さんです。
2007年に東京事変のミュージックビデオを通じて出会い、「都合のいい身体」PVでもタッグを組んで信頼関係を深め、2011年ごろから交際に発展しました。
現在は入籍をしない事実婚のスタイルで13年以上関係を続けています。
- 児玉裕一さんは1975年新潟県生まれの映像ディレクター
- UNIQLOCKで世界三大広告賞グランプリ、リオ五輪閉会式も手がけた
- 出会いは2007年、東京事変「OSCA」のMV監督がきっかけ
- 「都合のいい身体」PVでもタッグを組み信頼関係が深まる
- 交際は2011年ごろから、入籍せず事実婚のスタイルを継続
今後の活動や公式発表にも注目していきましょう。